玄秀盛がラジオで語る「一人で悩まんで相談してくれ」【日本駆け込み寺】

ラジオ出演の様子
 7月24日火曜日、文化放送のラジオ番組「くにまるジャパン」の人気コーナーアクティビストジャパンに、本サイトでも紹介をしている一般社団法人「日本駆け込み寺」代表の玄秀盛氏が生出演した。

 玄氏は在日韓国人としてこの世に生を受けてから4人の母、4人の父に育てられ、連れ子としての人生を歩んだ。虐待をうけ、孤独と向き合いながら・・・それは壮絶だったと語る。

いつも孤独だったという玄氏が子どもの時から口にしていた言葉、それは「お前らには帰るところがあるやろ」。玄氏はひとりぼっち。まわりからのいじめや喧嘩がおこるたびにその言葉を相手に言っていた。

玄氏が成人し、家族を持ち、いくつもの仕事をしながら渡り歩いた。その後、自分が白血病のウイルス保菌者であることを知り、「自分にしかできないこと」をしたい。ひとりでも多くの人を孤独から
救いたいと、新宿歌舞伎町に現在の前身であるNPO法人「日本駆け込み寺」の事務所を構えたのだった。

DV、家庭内暴力、ひきこもり、虐待、多重債務、ストーカー、自殺など、年齢、性別、国、宗教を問わず、被害者、加害者を問わず、人生のさまざまな問題を抱えた人々の相談を受け、サポート。歌舞伎町繁華街のど真ん中といこともあり、今日まで10年間におよぶ活動を続けている。

多くの相談者が歌舞伎町を訪れ、その反響に驚きながらも今までに20000件を超える相談を解決してきたという玄氏。2011年、1年前の7月にはNPO法人から一般社団法人「日本駆け込み寺」として生まれ変わり、現在に至る。

この7月7日には仙台国分町にも事務所を構え、現在は二か所が主な活動拠点。また自ら相談員の養成も行っている。

仙台国分町に身を構える相談員としての一番弟子は、100人いた中から見つけた一人。たまたま仙台出身というその相談員は土地をよく知ることもあり適任と判断。玄氏が認める採用の条件は3つある。①過去はすべて捨てる、②給料はない、③24時間いつでも対応する。それをクリアした一名が、仙台国分町の相談窓口を受け付けているという。

「それぞれの人生、それぞれの考え方。今あるところから相談というものは始まっていく。この仕事はやろうとした心ゆきから始まるもの。相談者も相談員もそれぞれに心にいろんなものを抱えている。」玄氏は訪れる人やかかわる人についてこう語っている。

今後は、「刑務所から出た人たがが集まって居酒屋をできたら」と目論んでいるという玄氏。幅広い視点でひとりひとりを救う彼の活動から今後も目が離せない。

以前本サイトで行った玄秀盛氏のインタビュー記事はこちらから。
日本駆け込み寺の活動へ賛同し、支援したいという方はこちらからどうぞ。

(取材日 2012年7月24日 東京都港区)
(2012年7月25日 08:00)
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