日本とスーダン「双方向」を視野に入れた被災地支援【ロシナンテス】

ロシナンテス 川原尚行理事長 NPO法人「ロシナンテス」は、もともとアフリカ、スーダンの支援活動を行うための団体だった。しかし一時帰国中の3月11日、東日本大震災発生に接した川原尚行理事長は迷うことなく被災地へと向かったのだった。

 NPO法人ロシナンテス(*1)の川原尚行理事長は、かつて外務省医務官(海外の日本大使館などに常駐する医師)としてスーダン(*2)に駐在中、現地の子どもたちが感染症に苦しんでいるのに十分な医療を受けられない現状に接した。

 ところが自分の立場では直接の診療行為を行えない。目の前で苦しむ人々を何とかしたいという思いから恵まれた外務省のポストを捨て、2005年から現地で医療ボランティアをスタート。この年の秋、高校時代のラグビー仲間とロシナンテスを設立した。

  ロシナンテスの活動は、少しずつ、確実にその輪を広げていく。某テレビ番組に出演した時には、番組で紹介されたカレンダーを求める人々がホームページに殺到、サーバーがダウンするなど大反響を呼んだ。ご記憶の方も多いだろう。旗揚げから5年半を経て、現在その活動は医療から母子保健、水・衛生、教育、スポーツ、そして日本との交流など多岐に渡っている。

 川原理事長は3月11日、東京で震災に接した。「被害の甚大さを目の当たりにし『被災された人を助けなければ』と思い、すぐに関係各所に連絡を取り、被災地での活動の準備や調整を行いました。(中略)『目の前に苦しんでいる人がいるなら、助けなければ』という思いはスーダンで一人の医師として出来る事をやりたいと思い、ロシナンテスとして活動を始めたときと同じ気持ちです(*3)」

 予定をすべてキャンセルすると、東京の病院から救急車の提供を受け被災地に向かう。14日から宮城県名取市に入り救援活動を始め、17日からは巡回診療をスタート。スーダンで鍛えた「現場のカン」は、被災地でも遺憾なく発揮された。ロシナンテスの活動は医療にとどまらない。避難所でのインフルエンザ及びエコノミークラス症候群対策としてのラジオ体操実施の提案、さらに自宅がガレキに埋もれているというお年寄りの話を聞くと「じゃあ、私たちが」と撤去作業にも着手する。復興の主役はあくまでも地元住民。ロシナンテスは黒子としての働きを徹底しているのである。

 ガレキ撤去作業は現在も続くが、やがて終息することは間違いない。次に考えているのが「農業」だ。

「ガレキ撤去は共同生活で行いました。この力を農業に向けたい。被災者たちも避難所でせっかくいいコミュニティができたのに、仮設に移り、やがて自宅に戻ってしまうと、また『個』になる。だったら共同で作業する場があったらいいんじゃないかと。それが医学的にもいいことだ、と証明できれば」

 具体的に考えているのは、亘理の特産品であるイチゴの水耕栽培だ。大学と恊働し、農業への新規参入者をも対象にした新しい形での農業をめざし、亘理のイチゴのブランド化にも努めたいと願っている。

 「全国から若者たちが集まってがれき撤去ができたように、地元の高齢者たちとともに、イチゴ栽培を始めとした農業をすることができたら、既存のタイプにない、ロシナンテスファームが出来上がるのではないか。」スーダンと被災地。遠く離れた二つの地域を、ロシナンテスはしなやかに結び付ける。

「スーダンと日本の『双方向』だと思うんだ。日本は物質的には満たされているが、忘れかけている『何か』がある。翻ってスーダンは物質的には『何も無い』けれど、私たち日本人が忘れかけている『何か』がある・・・。

 私はスーダンで活動をしていて、それを強く感じている。その私が感じたスーダンの『何か』を今度はこっちに持ってこようと。そういう場ができたと思っている。被災地でロールモデルになるような地域を作り上げて、それをまたアフリカに持っていくとか。ただこの復興をちょっと間違えてしまうと、日本は今以上に大きな『何か』を失ってしまうかもしれないね・・・。

 アフリカはアフリカで、かつての日本のような経済成長、発展を考えている。互いにうまく作用をしながら、いい形を目指していければと・・・」スーダンで活動を始めれば最初はスパイだと疑われ、被災地で活動を始めれば「裏があるのでは」と調査された・・・と、豪快に笑い飛ばす川原理事長。その深すぎるフトコロが、日本とアフリカの「もう一つの未来」を照らし出している。(発言はすべて川原理事長)

(*1)「ロシナンテス」の名前は、セルバンテス作「ドン・キホーテ」の中で主人公、ドン・キホーテが乗った痩せ馬ロシナンテに由来する。ひとりひとりは「痩せ馬」でも、みんなの力を合わせれば事がなせるのではないか、との思いから複数形となった。川原理事長は、キューバ革命を成就させたチェ・ゲバラが政府高官の職を辞し、再び革命の現場に身を投じる際の言葉「再びロシナンテの背に跨りたい」に感銘を受けたという。

(*2)スーダン共和国は北アフリカに位置し、面積は日本の約5倍。人口は約3千万人。首都はハルツーム。公用語はアラビア語と英語。北東部は紅海に面している。

(*3)川原理事長のブログより引用。

※インタビューの様子と9月13日に撮影した閖上地区の様子はこちらから。

(取材日 2011年9月13日 宮城県名取市)

(2012年2月16日 09:30)
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