玄秀盛が語るこれからの社会課題とは?(後半)【日本駆け込み寺】

インタビューに答える玄秀盛氏CANPAN NEWSでは、日本駆け込み寺の代表玄秀盛(※1)氏にお話をお伺いしています。前半はこちらから。

Q最近あった相談はどんなものでしょう。

家庭内暴力が多い。法律や警察がなかなか介入できない問題ですね。親が息子から暴力を受けたという相談も少なくない。
そのひとつの要因は引きこもりです。核家族化によって家族関係が閉じてしまい、誰にも相談ができない。それが家族の閉鎖性・気密性につながっている。つまり社会的不安やひずみが家庭に反映されているということ。社会のイライラや甘えは、すべて家庭に表れてしまう。
社会が乱れれば乱れるほど、家庭内も比例して乱れていく。その結果、離婚や母子家庭などが増える。その背景には社会情勢の不透明感もある、といえます。社会が便利になればなるほど、人間は怠けていくというか、人間性が磨かれずに退化していく。それも大きな問題点ですね。
親が親になれず、子も子になりきれず。親が子を放っておくから、子が子供らしくなれない。子供らしい素直さというものがなくなっている。規範となる大人、模範となる親がいない。それが家庭や社会に反映されているんです。

Q玄さんは荒れた少年時代を過ごされ、社会に出てからも仕事をめぐり争いが絶えない日々だったということですが、今後の人生、どのように歩まれていきたいと考えていますか。

「自分はもう十分に生きた。与えられた命を丁寧に生きる」これです。
一日一日を丁寧に生きる。善悪を越えて、与えられた命を丁寧に生きる。自分の人生のためにきっちり生きる。この考えは今までの経験から生まれたものです。45歳までの人生の中で、私は好きなことをたくさんやってきました。今年56歳になります。今は日本駆け込み寺をやることによって自分が癒されていく、穏やかになっていく、変わっていく。そういう心境ですね。
穏やかになれば、自分の人生がすがすがしくなる。自分は今、借金もゼロ、貯金もゼロ。これほどすがすがしいものはない。人の相談にのればのるほど、自分がいかに幸せだったか、と気づく。なんでこれ(駆け込み寺)をやろうかと思ったか、と初心に戻る。
365日毎日思い知らされます。相談者が自分の言葉を頼ってくれることに、「なんて自分は幸せなんだろう」と。

Q日本駆け込み寺の方向性や思案していることがあれば教えてください。

スタッフの育成、指導。今年から相談員の研修事業も行なっていきます。全国にこのような場所(駆け込み寺)を増やしていきたい。
この活動の楽しさを知ってほしいですね。構えなくてもいいし、踏ん張らなくてもいいし、苦しむ必要もない。自転車に乗る感覚でいい。それを研修という名の下で教えたいですね。今はそれが自分の使命だと思っています。

Qこれからの社会に求めるものは何でしょう。昨年3月には東日本を襲った大震災もありました。

人と人との関係性を密にしていきたいですね。もっとお節介になってほしい。せっかく言語があるのだから、人々が自分から心を開く訓練をすることが必要、と私は考えています。
震災を忘れないためには、何らかの形で目立つ人間がそこにいけばいい。それがとても重要です。
人は忘れやすい生き物。震災を忘れまいとするより、そこに根付くことをする。大切なのは、そこに人がいるということ。そして被災した土地、その町に新しい魅力を作らなければならない。
日本駆け込み寺は、仙台支部設立の計画も進めています。その他にも、主に歓楽街(札幌すすき野、名古屋、大阪、広島、福岡など)に設立計画がある。なぜ歓楽街なのかというと、その中に欲望と暴力がはびこっているから。その奴隷になって、泣いている苦しんでいる人がいるから。
そういう人たちを助けたい。そう、考えて続けています。

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※1 玄秀盛
げん・ひでもり
1956年、大阪市西成区生まれ。両親の離婚などで、4人の母、4人の父のもとで育つ。中学卒業後、建設、不動産、調査業など様々な会社を設立する。また、33歳で酒井大阿闍梨のもとで得度するなど、特異で壮絶な人生を過ごしてきた。
2000年、白血病をおこす可能性があるウイルスの感染者と判明。それを機に過去と決別し、2002年、悩み苦しむ人々を救済するNPO法人日本ソーシャル・マイノリティ協会(通称・新宿歌舞伎町駆け込み寺)を設立。以来、9年の間に2万人弱の人々の問題を解決してきた。2011年7月からは、一般社団法人日本駆け込み寺として運営している。
著書は「愛と命と魂と 生きてこそすべて 新宿歌舞伎町駆け込み寺」(KKロングセラーズ)、「生きろ」(メディアファクトリー)ほか多数。全国各地で講演活動も行なっている。

インタビューの前半はこちらから。

(取材日 2011年11月22日 東京都新宿区)

(2012年1月24日 09:00)
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