勉強がしたい子どもたちがこんなにいたんです【カタリバ】

女川向学館を運営するカタリバメンバー鶴賀さん
 東日本大震災で被災した子どもたちの勉強を支援しようと、NPOが間に入り学校が協力するという新たな学習塾が宮城県の女川町で始まっている。塾の名前は『女川向学館』。公立小学校の空き教室を利用し、町内の塾講師たちが、町の小中学生全体の3分の1にあたるおよそ200人の指導にあたっている。女川向学館は高台で津波の被害をまぬがれた、町立女川第一小学校1階の空き教室を利用しており、校舎の運動場には仮設住宅が建てられている。もともとこの学校に通っていた児童は、女川第二小学校に移って授業を受けている。
 
  この塾の発案は、首都圏を中心に高校生へのキャリア教育を展開しているNPO法人カタリバ(東京都杉並区)が行ない、8月4日から授業が本格的にスタートした。児童は学校が終わった後、夕方から夜にかけて送迎バスなどで登校。『女川向学館』は日曜日を除く週6回開講され、授業料は無料。各科目の授業の他には子どもたちが自由に使える自習室も設けられている。

 指導にあたるのは震災以前別の塾に所属をしていた講師12人。学校から学習の進度を聞き先生独自でプリントなどを用意。宿題は特に設けず復習を中心に授業がなされている。

  震災により女川町は町の住民のおよそ1割が津波で流され、多くの子どもたちが家や家族を失った。それに伴い女川町に住む全ての子どもたちは震災後勉強が遅れ、ゆっくりと勉強をする場所がない。

 NPOカタリバは、「この苦しい経験をバネにして、さらなる高い志を持ちそれを実現していける強さと力を持ってほしい」と、教育委員会・学校・学習塾の講師・地域の人たち、そして遠くから応援する寄付者の人たちと共に、みんなで子どもたちを育てる学校"コラボ・スクール"の第一校目として『女川向学館』を営んでいる。

 『女川向学館』が本開校になってからおよそ一カ月経った9月12日、CANPAN NEWS取材班は女川町を訪ね、塾を運営するカタリバのメンバー鶴賀康久さんにお話をお伺いした。

「まず初めに思ったことは"勉強がしたい子どもたちがこんなにいたんだ"ということです。学校では震災以降かなり勉強が遅れているということもあり授業がスピーディー。イベントごともあり、子どもたちのインプットが多い状態のように見受けられます。そんな中向学館は、友達と一緒に場所を共有するとか無駄話をするなど、子どもたちの居場所機能を果たしていると思います。」(鶴賀さん)

 家庭では、家に帰っても住まいなど勝手が変わったことにより親御さんたちは忙しく、仮設住宅などの狭い部屋の中でなかなか子たちに構うこともできない状態。向学館は子どもたち集う居場所の役割も担っているのだ。

「女川町はもともと漁業に5割くらいの人たちが従事して成り立っていた町でしたが、その部分が震災で大きな打撃を受けたので復興に時間はかかるでしょう。そうなると新しい産業を生みださなくてはなりません。10年後に今の子供たちが女川で就職をしたいと思っても職がない。だとしたら自分たちで産業を作る、つまりイノベーターになる必要があると思っています。

 コラボ・スクールを"学校と塾と地域との垣根を越えた、子どもたちを皆で育てるある種のイノベーティブな場所"にしていけたらいいですね。」(鶴賀さん)

 向学館を卒業した子どもたちが女川で新しい産業を生み出し、日本を背負うような人材になったら・・・未来はとても明るい。

「そのためにはまずは基礎学力を上げるための教科指導、その部分が埋まってきたらICT教育や語学、理科教育、彼らが自分たちの足で生きていけるような教育をしていかなくてはいけないなと考えます。ただそれは、被災地においてだけではなく他の地域の日本の学校にも共通することなのではないでしょうか。またいつかどこかで震災が起きるかもしれない。今、我々が何か先進的な事例を出していきたい。そんな気持ちで一杯です。」(鶴賀さん)

 自らも作文の授業などを持つというカタリバ鶴賀さん。鶴賀さんは女川町のアパートに暮らし運営スタッフとして女川町に常駐している。さて、『女川向学館』の指導にあたる先生はこの学校についてどのように考えているのだろう。女川向学館で人気の先生藤中郁生先生のインタビューはこちらから。

(取材日 2011年9月12日 宮城県牡鹿郡女川町)
(2011年10月 3日 11:00)
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