「そうだ、葉っぱを売ろう!」で町の農業を活性化【株式会社いろどり】

ビニースハウス栽培されているもみじの葉っぱ 徳島市中心部から車でおよそ一時間、人口約2000名、高齢者比率49.5%という、過疎化と高齢化が進む上勝町。そんな小さな上勝町は、とある農産品を販売することで大成功し、全国でも有数の地域活性型農商工連携のモデルとして全国的に知られる存在。同町が販売し成功を収めた商材とはなんと「葉っぱ」。この葉っぱで年間1000万円の収入を得るお年寄りも出現し、マスコミでも大きく取り上げられた。
上勝町で扱う"葉っぱ"とは、レストランや料亭で出される料理に添えられる南天やもみじなどの、料理の高級感を演出するいわゆる「ツマモノ」。それまでツマモノは料理人自らが採集するなど、個別に用意するものでしかなかったが、上勝町はそうした慣行を破り、日本ではじめてツマモノの流通ビジネス、いわゆる「葉っぱビジネス」を成功させた。

 この葉っぱを上勝の産業にしようと思いついたのは、株式会社いろどりの代表取締役、横石知二さん。いろどりがツマモノで得ている年商はなんと2億6千万円。年収1000万円のお年寄りも、もちろんいろどりで稼いだものである。
 1980年代、上勝町の人口は年々減少し、主な産物であった木材や温州みかんは輸入自由化や産地間競争が激しく、伸び悩んでいた。さらに1981年には2月2月には、マイナス13度という異常寒波が上勝を襲い、ほとんどのみかんが枯死。売上は約半分にまで減少し、上勝の農業は大打撃を受けた。横石さんはそんな壊滅した上勝の農業を立て直すべくいろどりを設立。軽量野菜を中心に栽培品目を増やすことで農業再編成に成功。さらに季節に関係なく栽培できる椎茸に着目し、年間売上約5億円にまで成長させた。そしてさらに横石さんは、人口の半数を占めるお年寄りが活躍できるビジネスを模索し、1987年、ついにツマモノビジネスを開始した。

 「ある日、すし屋さんで、隣の女性たちがツマモノのもみじの葉っぱを"わぁきれい。持って帰ろう"とハンカチに包むのを見たんです。そこで葉っぱを売ろうと思いついたんです」(横石さん)
 初めは全く売れなかったものの、月給の全てを注ぎ込んで料亭に通いツマモノの意味、価値、使われ方などを徹底研究。農家さんたちも料亭に連れて行き、現場を見せることでやる気を促した。そうして改良された上勝町の葉っぱは徐々に売れ始め、4軒の農家で始めた葉っぱビジネスが、2年後には44軒も参加する大きなビジネスに生まれ変わった。
 さらに横石さんは農家に専用の受注ソフトを導入したPCを用意し、老人たちが需要に応じて的確な品種を適量、迅速に出荷する体制を整え、競争心を持って努力することで、個人の才覚によって儲けることができる仕組みも用意した。

 「大事なのは農家を補助金で優遇することではなくて、産業を作って応援すること。だからいろどりは農家を優遇するんじゃなくて、農家のおばあちゃんやおじいちゃんの役割を作ったんですよ。役割を与えたことによって、みんなすごく能力が高くなった。自分で色々考えて行動する人と何かを与えられるのを待っているだけの人の顔は全然違う。昔はみんなお地蔵さんみたいな顔をしていたのに、今はみんな笑顔」(横石さん)
 お年寄りが笑顔を取り戻した上勝町は、高齢者医療費が徳島県内でも最低レベル。地域活性型農商工連携のビジネスモデルとしてだけでなく、高齢者の人の生きがい作り、健康作りに繋がっているという面でも注目されている。
 また最近注目されているのが、首都圏から徳島までやってきて上勝町に就職するということ。上勝の葉っぱ事業を学びたいと学生がインターンとしていろどりを訪れ、実際に現場を見て事業に関わるうちにその土地や人に魅力を感じ、移住するのだという。UターンならぬIターン現象だ。「そんなに多くお給料はもらえなくてもやりがいがある。上勝での経験とこの雄大な景色。今ここにいることの意味は大いにあると思います」いろどりに勤める20代後半の女性が語ってくれた。
 この葉っぱビジネスによる地域再生の物語は映画化が決定。仮題は『そうだ、葉っぱを売ろう!』、主演は吉行和子さん。先月の6月25日と26日の上勝町と徳島市でセリフ有りのキャストオーディションが行われ、県内外から180人、3~73歳の幅広い参加者が集まったという。クランクインは7月を予定。もちろん撮影場所は上勝町だ。公開は来年を予定。今から楽しみだ。

(取材日 2011年2月21日 徳島県上勝町)

(2011年7月 7日 15:00)
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