ベンチャーはすべてに関われるから面白い【デザイニウム】

株式会社デザイニウム代表の前田諭志氏福島、会津若松で柔軟な発想の事業を展開するベンチャー、株式会社デザイニウム。地域おこしの重要なアクターであり、インターンシップの採用に積極的なことでも知られる同社の代表、前田諭志さんに話を聞いた。

 デザイニウムが手がけた仕事のうち、地域おこしに関して大きな成果を挙げているのが、06年4月にスタートしたソーシャル・ネットワーク・サービス(SNS)の「SICON(シコン)(*1)」。会員数は1000人ほどで、大きなサービスではないが、参加者を会津地方の住民と、会津に何らかの形で関わりたい人に特化しているところが特徴だ。日々熱い討論が交わされ、居酒屋カフェの実店舗が生まれるなど、様々な地域活性化事業が立案、実施されている。
 地域SNSは、参加者たちが会おうと思えばいつでも会える距離にいるから面白い。話題は堅く、重く、ミクシィのように気軽な面白さはない。しかし、地域の課題解決にはいいツール...と株式会社デザイニウムの前田諭志さんは話す。「もともと、勉強会など、いろいろな動きをしている方たちがポツリ、ポツリといた。それが、SICONによってつながることができ、大きな力となりました」
 
 デザイニウムはまた、インターンシップの導入に積極的なことでも知られる。
 「大学の後輩たちに、自分のやりたいことを明確にするための『機会』を提供したいと思ったんです」
 やりたいことが大学の枠組の中になく、また卒業しても受け皿となる企業がなかったという前田さんは、受け入れの動機についてこう話す。しかし、制度を導入した当初は、アルバイト気分の学生がほとんどだった。
 「もう少し、本気でやる奴を集めよう、と思った。モチベーションの高いことが前提であり、ある程度できるようになってから仕事を振っていくようにしました」
 試行錯誤を繰り返すうち、インターンたちは成果を上げ始める。成功例の一つが「桐下駄プロジェクト」(*2)。会津を代表する産品の一つ、桐下駄のネット販売をインターンが手がけたところ、プロジェクト開始前に比べ売上が10倍にも伸びた、というものだ。

 会津に深くコミットする仕事で注目され、地元でも一目置かれる存在となった前田さんだが、出身は四国だ。
「高校の頃からCGをやりたいと思ってました。ただ理系は得意じゃないんです。だからハードはやりたくなかった。それと、親が私立はNGという条件があった」
 そこで選んだのが、会津大学。1993年に創立された、日本で初めてのコンピュータを専門とする公立大学法人(*3)である。
「でも受けたい授業がない。先生もいなかった。CGに関して言えば、モデルを作って、光の当たり方とか反射とかいう話はあるけれど、やりたかったのはキャラクターとかストーリーとかだったから。違うところにきちゃったな、という印象でした」
 学生時代はCGの映画作りに没頭し、それなりのモノが作れるようにはなった。しかし受け皿がない、技術を生かす会社がない。そこで選んだ道が「起業」だった。

 「大きい会社だと、関われる範囲はすごく小さい。でも、ベンチャーは範囲が広い。やりたいことに全部関われるから面白い」
 大都市に出て行かないのも、「関われる部分が限られてしまう」からだ。
 「東京はモノも情報も多すぎる。自分のやりたいことを見つけにくい。地方で見つけられないなら、東京だって見つからないでしょう。要は『探す気』があるか、どうか」
 一方、会津は何でも面白い、と言う。
「伝統工芸の漆器や焼き物がある。観光でも鶴ヶ城や白虎隊と恵まれているし、農産物も旨い。いろいろな人を巻き込んで、仕事を回し、動きを作っていきたい」
 だからといって、地域で完結すべきではない...とも、前田さんは語る。
 「地域の中だけではなく、外に出て仕事を取ってきて、巻き込みながら循環させていく。ITはそれがやりやすい。様々な部分の『架け橋』になることができるんです」

(*1)SICON...幕末に壮絶な最期を遂げた、会津藩士らの精神を意味する「会津士魂」(早乙女貢の長編小説の題名でもある)を表す「SIKON」と、つながりを意味する「CONNECTION」をつなげた言葉。

(*2)この取り組みはNPO法人ETICの主催した「第1回地域若者チャレンジ大賞」で「共感賞」を受賞している。

(*3)公立大学法人...創立時は県立大学。06年4月より公立大学法人へと移行。

(取材日 2010年2月10日 福島県会津若松)

(2010年11月 8日 00:00)
From CANPAN NEWS
東北地方太平洋沖地震支援基金

CANPANプロジェクト

日本財団

CANPANレポート