宮崎の人と人とを結ぶNPOは映画祭から始まった【宮崎文化本舗】

NPO法人宮崎文化本舗代表の石田達也氏 県内の「移動・搬出制限区域」が7月27日に解除され、終息する見通しが見えてきた宮崎県の口蹄疫。以前このサイトでも、被害にあった農家の子どもたちに対する支援プロジェクト「口蹄疫被害家庭支援・CANPAN子どもの学び応援基金」を紹介した。この支援プロジェクトをCANPANセンターと共同で立ち上げたのが、宮崎市を中心に中間支援的活動や、イベント事務局代行などを行うNPO法人宮崎文化本舗。その活動は多岐にわたるが、実は宮崎キネマ館という、映画館の経営が本業だ。

「街の中に映画館を作った理由は、家族や友達、恋人と映画を観て、そしてその後で食事をする。映画を語りながらお酒を飲んでもいい。映画って言うのはひとつのコミュニケーションツール。そういう、ひと昔前の理想的な街のスタイルを作りたかったからなんです」
 そう語るのは代表理事の石田達也さん。宮崎キネマ館はスクリーンを2つ持つミニシアター。元々宮崎文化本舗設立の目的も、九州の中でも二番目に歴史のある「宮崎映画祭」を運営するためだった。
 
 宮崎映画祭が初めて開催されたのが1995年。同映画祭は始まって数年で、1日に数千人の観客を集める大きなイベントとなった。しかしスタッフの全てはボランティア。映画祭が大きくなればなるほど、ボランティアたちに大きな負担がかかっていった。
「そんな頃にNPO法が施行され、自分たちの活動に合うかもしれないと思って勉強し始めたんです。そして2000年10月に宮崎文化本舗を設立しました」(石田さん)

 しかし映画祭のためだけのNPO法人では、ボランティアたちの負担にあまり変化はなかった。そこで石田さんはこの法人で事業をしようと考え、映画館の経営を始めることとなる。
「映画祭をやっていたんだから、やるなら映画館だろう。でも、映画祭のノウハウで映画館を作ることまではできましたが、それを運営していくのはきつかったですね。ことごとくシネコン(シネマコンプレックス)ができて街の映画館が潰れ続けている時代ですから」
 とはいえ宮崎キネマ館は開館から今年で10年目。話題性だけにとらわれない、質にこだわったライナップで、市民に映画体験を提供し続けている。

 宮崎文化本舗が映画館経営の次に始めた事業は「事務局代行業務」。これはコンサートや講演会など、市民が企画する催しの問い合わせやチケット販売、マスコミへのリリースなどを主催者に代わって行うというもの。
「多くの主催者は、昼間はそれぞれ仕事を持っています。だから活動できる時間は夜間のみというケースがほとんど。これを我々が代わりに行うことで、主催者の負担を減らしながらPRも十分にできて、催しも成功させることができる」
 この業務が評価され、民間が行うコンサートや講演会など小さな催しから、「綾の森を世界遺産にする会」、「県立西都原考古博物館運営支援ボランティア」などの大きなプロジェクトまでの事務局代行も担当するようになった。
「事務局代行を始めた頃は全体の売上の8割は映画館でした。でも今はほとんどの売上が事務局代行。元々映画がやりたくて作ったNPOなのにね(笑)でも映画以外でも人と人を結ぶことはできた。それが自然と宮崎文化本舗のミッションになっていったという形ですね」
 
 東国原英夫知事の登場以来、注目度の高まった宮崎県。しかし石田さんは以前とそれほど変わりなはないという。
「"どげんかせんとかん"っていうキャッチフレーズだけが一人歩きして、実際にはそんなに元気になったわけではない。宮崎県にはまだまだ問題が山積みです。だから僕らのようなNPOが存在するんでしょう。問題がなければNPOなんて元々必要ないわけだから」
 
 NPOがいらない健全な社会。そんな社会が実現するその日まで、石田さんの活動はこの先も続いていく。

(取材日 2009年12月1日 宮崎県)
(2010年8月14日 09:00)
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