「ろう」児教育に新たな選択肢を提【明晴学園】

夢を運ぶチャリティライドの模様「ろう」の子どもたちにとって、ベストな教育のあり方は...? 公教育の頑なさに悩んだ親たちがたどり着いたのは、自分たちの手で理想の学校を作り上げることだった。構造改革特区を利用した明晴学園の試みを追う。

 「ろう」者(*1)のコミュニケーション手段として、もっとも一般的なものは「手話(*2)」だ...そう考えている人は多い。NHKで手話ニュースを放送したり、講演会に手話通訳がつくのも、ごく日常的な光景になった。
 ところが、実は、日本の公的な「ろう」教育の現場においては、手話はさほど重視されない。それどころか、かつては校内での使用を禁止され、体罰の対象にもなっていた...という事実は、あまり知られていない。
 1933(昭和8)年以来、日本のろう教育で用いられてきたのは「口話法」と呼ばれるメソッド。これは、耳が聞こえない人にも声で会話ができることを目指すもので、相手の言葉は唇の動きを読み取ることで理解する。
 しかし、これは「ろう」者にとって、凄まじい努力と苦痛を要求することが多い、と、NPO法人バイリンガル・バイカルチュラルろう教育センター(略称・BBED)の玉田さとみ事業統括ディレクターは話す。

「もともと聞こえない人たちに、音声によるコミュニケーションを身につけさせるのは、難しいし、完璧にできるわけでもない。だったら、そのための時間を、手話を使って、普通の学習に充てればいいのではないか、というのが運動の原点です」
 日本は先進国だと思っていたけれど、戦前のような人権を重要視しない教育が、ろう学校には残っていた...と玉田さんは語る。
 口話法による教育を否定するわけではないが、少なくとも希望者には手話による教育を行ってほしい。自身もろう児をもつ親である玉田さんはそう考え、志を同じくする親たちのグループと、学校に交渉したが、ほとんど相手にされなかったという。
「本当は学校を変えたかったんです。でも、うまくいかない。それじゃ、自分たちで作るしかないか、と......」
 そこで思いついたのが「構造改革特区」のシステムを利用することだった。

 02年、小泉-竹中路線の規制緩和政策で生まれた「構造改革特区」。だが、ハードルは高かった。何度申請を繰り返しても「バイリンガルろう教育(*3)特区」は、認定される見通しが立たない。思い余った玉田さんは「都知事と語る会」に出席し、石原慎太郎知事に直訴。ここから事態は動き出し、ろう児のための手話による教育施設である「明晴学園(*4)」開校が現実的なものとなった。
 専門スタッフの確保、設立に必要な4,500万円の資金繰り、専用教材の開発...など、数々の課題をクリアして、幼稚部・小学部が開校したのが08年。そして今春、中学部もオープン、7人の子どもたちが手話による中学教育を受け始めた。
「明晴の子どもたちは、自分たちが『ろう』であることをマイナスだとは、これっぽっちも思っていません。耳は不自由ではない、ただ聞こえないだけ。生れた時から聞こえないから、聞こえないことがフツーなんです」

 明晴学園の大きな力となっているのが、各界に広がっているサポーター。学校開設のための資金も、サポーターたちの努力により集められた部分が大きい(この間の動きは、ブログで報告され、07年にはCANPANブログ大賞の教育賞を受賞している。
 ブラジル生まれのカナダ人であるドニー・カルボウィラ氏は、AXA生命で働いている。もともとこの会社が、ろう者の雇用に熱心だった縁もあり、彼と仲間たちは去年、中学部設立資金のチャリティのため、東京から札幌までの自転車ツアー「ライド・フォー・ア・ドリーム」を実施、120万円の資金調達に成功。また今年は幼稚部のすべり台建設のため、2回目のツアーを(今回は大阪まで)実施、32万円あまりを集めることができた(ライダーたちのブログやBBEDのブログで報告されている)。明晴学園の関係者やサポーターたちの努力によって、手話教育に対する理解は、少しずつ広まってきている。


(*1)ろう(漢字では「聾」)は、メディアでは「聴覚障害」と表現されることがほとんどだが、BBEDでは誇りをもって「ろう」と表現する。「放送で『ろう』という言葉が使えないなら、出してくれなくていいっていつも言うんです」(玉田さん)
「障害者、と十把ひとからげにするのがよくないと思うんです。障害は個人にあるのではなく、社会側にあるとひっくり返して考える必要がある。これからの高齢社会では、みんな『障害者』になっていくんだし」
(*2)手話には、ろう者たちが自然に身につけていく「日本手話」と、途中から聞こえなくなった人たちが主に使う「日本語対応手話」の二種類がある。
「この二つは文法構造がまったく違います。日本手話は日本語とは異なる文法構造をもつ独自の言語で、情報量が多い。一方、ろう学校や手話通訳などで使われるのが日本語対応手話。日本語に手の動きだけをつけて行くものです。たとえて言えば、日本手話が『英語』だとすると、日本語対応手話はルー大柴さんの『ルー語』みたいなもの、といえばわかりやすいでしょうか」(玉田さん)
(*3)「バイリンガルろう教育」とは、日本手話と書記日本語(読み書き)という2つの言語を使う教育のこと。また「バイカルチュラル」は、ろう文化と聴文化、双方に理解を深めることを意味する。
(*4)99年、ろう児のためのフリースクール「龍の子学園」としてスタート。03年にバイリンガル・バイカルチュラルろう教育センターとしてNPO法人格をとり、構造改革特区の認定を経て、08年4月に「学校法人明晴学園」として幼稚部と小学部を開校。10年4月に中学部が開校した。

(取材日 2010年5月11日 東京都品川区)
(2010年6月28日 00:00)
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