20年の歴史は重みがある。もうどこの地方都市も真似はできない【山形国際ドキュメンタリー映画祭】

 
山形国際ドキュメンタリー映画際
ドキュメンタリー作品に特化した、世界でもユニークな「山形国際ドキュメンタリー映画祭」。運営は2年前から、NPOに委ねられている。昨年の第11回では、コンペ部門に110の国・地域から1141作品が出品された。

 1989年、山形国際ドキュメンタリー映画祭は、山形市の市制100周年記念事業としてスタートした。長く山形市の事業として行われてきたが、06年に行政改革の一環として、任意団体だった実行委員会をNPO化。07年の第10回から自主運営が始まっている。
 「映画『おくりびと』でも注目されましたが、山形は映像と縁の深い街。もう20年も続けてきて、どこの地方都市でも真似することはできないでしょう」(高橋卓也事務局長)
 映画祭は、20年の時間をかけて定着するうちに、街づくり・地域おこしにとって欠かすことのできないコンテンツとなってきた。「ドキュメンタリー」という特色を打ち出したことが、グローバルな評価に結びついたのである。
 フランスのナントはアジア・アフリカ・ラテンアメリカに特化した「三大陸映画祭」、同じフランスのアヌシーは「アニメーション」...。地方都市の街づくりコンセプトとして、映画祭は重要なツールなのだ。

 地方都市在住者にとって、「街づくり」「地域おこし」は切実な問題だ。どうやって、自分たちの住む街の魅力を高めていけばいいのか、模索する人は多い。
 NPO法人山形国際ドキュメンタリー映画祭の高橋事務局長は「街づくりに貢献したいと思うなら、自分の好きな分野でやるしかない。私の場合は、それが映画、映像の世界だったということです」と語る。
 たとえば、映画を使って地域おこしをしようと考えるなら、活動を進めるうちに「いい作品が流通しない」「大量宣伝される作品ばかり見たがる人が多い」といった問題点にイヤでも気づかされることになる。仲間を集めて、それを改善していくことが即ち、居心地のいい街づくりにつながっていく。地域おこしに関わるなら、自分の好きな立ち位置から関わらないと、結局は疲れていくだけだ...と高橋事務局長は自らの体験を交えて語ってくれた。
 
 地方にいる人間にとって、いま一番必要なのは「誇り」を持つことだ...と話す高橋事務局長。20年の歴史を経て、山形国際ドキュメンタリー映画祭は、山形市民にとっての「誇り」となった。いまや、海外で「山形」といえば「ドキュメンタリー映画祭の町か」と反応があることも少なくないという。
 「市の補助金は、開催年に1億、中間年に5千万(映画祭は隔年開催)。これだけの税金を使うことに、やはり抵抗のある人もいるようです。でも、ここまで成長して世界からリスペクトされる存在になった映画祭を、街づくりのことから考えても、山形は絶対手放しちゃダメだ。そのためにも、市民や行政が、ずっと映画祭に関わっていきたいと思えるような、日常的な作業が必要です」
 そのためにも、NPO法人自体が体力をつけていかなければならない。事務局では、フィルムライブラリーのための作品卸や、映像機器の販売・メンテナンスといった自主事業をスタートさせている。

 老人福祉施設での映写ボランティアや、学童保育所での映画作りワークショップといった地域のための活動も、NPO法人山形国際ドキュメンタリー映画祭にとって、欠かすことのできないフィールドだ。
「映像って面白いな、とか、映像って人間にとって大事なものなんじゃないか。そうしたことを根本的なところから広めていきたいと思っています」(高橋事務局長)
 しかし、NPOのメンバーたちにとって、もっとも大切な活動は、やはり2年に一度の映画祭本番である。
 「スタッフのとてつもない苦労を積み重ねた上に、映画祭がある。映画祭って、ジャンボジェットのように巨大なプロジェクトだけど、実際はフタを開けてみたら、中ではみんな自転車漕いでました、みたいな世界(笑)。でもその苦労は映画祭に持ち込んじゃダメで、それをいったん手放した上で、お客さんと一緒に騒ぐ場。文字通りのお祭なんですよ」(高橋事務局長)
 次回の「祭」は2011年の10月6日に始まる。世界のドキュメンタリー最前線に触れながら、熱気溢れるスタッフや参加者たちとの交流を楽しんでみたい。

(取材日2009年10月9日 山形県山形市)
(2010年4月14日 00:00)
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