もともと農業はすべて「有機農業」。何も新しいことではない【グリーンツーリズム庄内】

グリーンツーリズム庄内 山形県鶴岡市、羽黒町でグリーンツーリズムを提唱する庄司祐子・渡夫妻。その中核となるイタリアン・レストラン「緑のイスキア」のピザは、本場ナポリのお墨付きを得て、地域を代表する人気店となっている。

 日本有数の穀倉地帯として名高い山形県・庄内平野、その一画にイタリアン・レストラン「緑のイスキア」がある。東北地方で最初に、イタリア政府公認の「真のナポリピッツァ協会」に認定された店で、週末ともなればウエイティングの列が途切れることはない。
 職人の庄司建二氏は、オーナーである庄司祐子・渡夫妻の長男。本場ナポリに武者修行に出かけ、技術を身に着け庄内の地に戻ってきた。もともとこの店は、96年に農場レストラン「穂波街道」としてオープン、地域のグリーン・ツーリズムの核として機能してきたが、建二の帰国に合わせナポリアン・ピッツァを看板にリニューアル。
 「イスキア」は、建二シェフが修業してきたナポリ近郊の島の名前。「緑」は、かつての店名「穂波街道」にちなむ。1階・2階を合わせ70席というスケールだが、休日になるとお目当てのピッツァにありつけるまで、かなりの待ち時間を覚悟する必要がある。

 繁盛店となった「緑のイスキア」だが、庄司祐子店長によれば、庄司家のベースはあくまでも「農業」。農業体験の受け入れも積極的に行っている。
 もともと東京育ちだった祐子店長は、渡氏との結婚をきっかけに、79年、当時の羽黒町に移り住む。まだ21歳、最初は右も左も分からなかったという祐子店長だが、持ち前の好奇心や明るさを生かし、三人の子供を育てながら、徐々に地域で独自の存在感を示すようになっていった。
 94年には農業法人(有)Jファームを設立。2年後には農場レストラン「穂波街道」をオープンする。
「当時はまだ、農業の生産現場と、それを提供する外食産業の間には、とても距離感がありました。ですから、こうした取り組みは珍しかったと思います。でも、自分たちの作った有機農産物を、顔の見えないにではなく、この店で、目の前で、召し上がっていただけたらいいなって...。それが動機でした。」

 農場レストラン「穂波街道」は、斬新な取り組みで評判となる。庄司夫妻は、さらに地域の先駆者たちと連携し「グリーン・ツーリズムネットワーク庄内」を設立、さらに人と人との関係を広げていく。
 それでも庄司家、Jファームのバックボーンとなるのは「田んぼ」であることは変わらない。現在では、アイガモを使った有機農法で米作に励んでいる。
「有機農業って言うけれど、それは何千年も我々の祖先がやってきたのを繰り返しているだけ。農薬やガソリンなんて、ついここ何年かのことですよ。私たちはずっとそれを変わらず、やっているだけなので...」(渡氏)
 30年前、東京では既に有機栽培がもてはやされる時代になっていたが、庄内ではその価値を認められず、一般の作物と同じように流通されてしまっていた。「それが小さなフラストレーションになって」(祐子店長)、ついにはレストラン開店に結びつく。

 途上国の農業にとって、農薬は必ずしも悪ではないと思う、と祐子店長は語る。
「でも、水がきれいで、土地が肥沃で、気候にも恵まれた庄内。しかもうちのように田んぼの面積が広ければ、その中の一部でも、絶対にいいよ、安心できるよ...というお米を作るのは、私たちに与えられた使命だと思うんです」
「レストラン、あるいは農家民宿を通じて、私たちの暮らしに接してもらって、そのことから都会の消費者の皆さんに農業が見えてくるようになってくれれば、嬉しいですね」
 「緑のイスキア」を、庄司渡氏は「種をまくことから始まるレストラン」と呼ぶ。毎日種をまき、肥料をやり、成長したものを収穫し、厨房で加工して提供する。誰もができることではないから、面白いのだ。
 最近、庄司家では、地元の商工会婦人部の手作り石鹸のために、無農薬の米ぬかを提供することになった。祐子店長の頭の中には、まだまだ新しいアイディアが渦巻いているのである。

(取材日2009年10月6日 山形県鶴岡市)
(2010年4月13日 00:00)
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