「おくりびと」で改めて気づかされた地元の素晴らしさ【酒田ロケーションボックス】

酒田ロケーションボックスアカデミー賞作品「おくりびと」の舞台となった山形県酒田市では、映画の現地ロケを機にNPO法人「酒田ロケーションボックス」が誕生。ロケ支援を中心とした「地域おこし」が本格的にスタートしようとしている。

 アカデミー賞効果もあり、興行収入65億円という大ヒット作となった映画「おくりびと」。ロケーションは山形県、庄内地方の各地で行われたが、その中心となったのが酒田市である。
 「おくりびと」撮影は、隣の鶴岡市にある「庄内映画村」での撮影が計画されていた。ところが、当時、映画村では既に2本の映画を手がけており、万全の協力を行える態勢になかった。そこで、隣町・酒田で2時間ドラマのロケ協力で実績があったスタッフのもとに依頼が届いたのである。
 酒田市議でもある市村浩一事務局長は、かねがね行政に対し、フィルムコミッションの創設を提案してきたが、はかばかしい反応が得られずにいた。そこへ降って湧いたような「おくりびと」ロケの話。「行政が動かないなら俺たちでやろう、やるからには街づくりも兼ねて、思い切ってNPOにしよう」)と、「酒田ロケーションボックス」が誕生した。

 「おくりびと」ロケのスタートは、07年の4月。並行してNPO設立の準備が進められる。市村事務局長ら、中心メンバーの多くは青年会議所の仲間たちで、その年の11月にNPO認証を受け、12月には設立の運びとなった。
 翌08年9月、「おくりびと」公開。主演・本木雅弘らの熱心なプロモーションも功を奏し、地味な題材ながらもこの年の興行収入11位を記録、ロングヒットとなって酒田への注目度も少しずつ高まっていく。
 そして年を越し09年1月、アカデミー賞外国語映画賞へのノミネート、2月の受賞でさらに盛り上がり、最終的には64億6千万の興行収入を記録。この大ヒットは酒田にとって凄まじい「追い風」となった。
「観光客が次から次に押し寄せてくる。我々もまだまだ駆け出しなのに、もうトップ映画のフィルムコミッションになっちゃった(笑)」(市村事務局長)

 酒田市民にとって、最大の「おくりびと」効果は、自分たちが暮らす街の素晴らしさを、改めて気づかせてくれたことだ。
「今まで何気なく見てきた景色が『ええ? こんなんなの?』と、スクリーンで見るとまるで違って見えるんですよ。酒田市民の誇りになっているんです」
 酒田もまた、地方都市に共通の悩みを抱えている。05年に近隣の1市3町が合併、当時は11万7千だった人口が、4年の間に徐々に減り続け、現在は11万2千。不景気の影響も深刻であり、雇用は伸びない。
「企業誘致、あるいは地元企業を育てるといっても時間はかかる。即効性があるのは、交流人口の拡大です。その意味で、『おくりびと』の果たした役割は、計り知れないものがあります」
 映画によって、酒田のポテンシャルを思い知らされた住民たちは、改めて郷土に向き合い、アイデンティティに目覚めていったという。

 酒田ロケーションボックスのメンバーたちは、ロケ誘致の動きと並行して、酒田の町をより魅力的にするための、さまざまな活動に取り組んでいる。歴史的建造物の修復・保存なども、その一つ。
 「おくりびと」で、主人公が勤務する葬儀会社の社屋として使われた「旧割烹小幡」についても、「旧割烹小幡を保存活用する会」を立ち上げた。
「オーナーにも了解を得て、行政に訴えながら募金活動をしていく。消防法にひっかかって、中でモノを売ったりできないので、きっちり観光施設として活用していきたいと考えているんです」
 大切なのは、市民が中心になって、さまざまなムーブメントを興していくこと。行政に頼っているだけでは、街づくりはダメになる...と、市村事務局長は語る。
 行政の手の届かないところを、市民が自主的に担っていく、その手段としてのフィルムコミッション、という考え方。映画のもつワクワク感を利用しながら、市民活動を活性化させていこうという作戦は、実に共感できるものであった。

(取材日2009年9月14日 山形県酒田市)


(2010年4月12日 00:00)
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